熟練技術者の引退が進み、技術継承が喫緊の課題です。この課題を解決する鍵が、DXを活用した新しい人材育成、いわゆる「技能承継DX」です。
目次
1. なぜ「技術継承」は建設業界の喫緊の課題なのか?
日本の建設業界は、全産業の中でも特に高齢化が進行しています。長年培われた熟練技術者のノウハウが失われることは、業界全体の品質や生産性を低下させる深刻なリスクです。このままでは、将来の建設業を支える担い手がいなくなってしまいます。
熟練技術者の大量引退と若手入職者の減少
建設業界では、団塊の世代が大量に引退を迎える「2025年問題」が、今、現実のものとなっています。多くの現場で、熟練の技術を持つベテランが第一線から退く一方、若手入職者は減少傾向にあります。この世代間のギャップは、技術やノウハウが十分に引き継がれない「技術継承問題」を引き起こす最大の原因となっています。若手にとって魅力的な職場環境を作らなければ、この問題はさらに深刻化するでしょう。
属人化するノウハウが失われる危機
建設現場のノウハウは、特定の熟練技術者の経験や勘に依存し、文書化や言語化が難しい「属人化」した状態。ベテランが引退すると、その技術や知識が失われてしまうという危機に直面します。属人化は、若手が自力で学ぶ機会を奪い、育成の遅れにも繋がります。DXはこの属人化したノウハウをデジタルデータとして記録・共有することで、技術の喪失を防ぐための有効な手段となります。
技術継承が遅れることによる品質・安全リスク
技術継承が遅れると、若手技術者が十分なスキルを身につけられないまま現場に出ることになり、施工品質の低下や、労働災害のリスクが高まります。特に、熟練技術者が安全管理について口頭で伝えていたノウハウが失われることは、現場の安全性を大きく損ないます。DXは、動画や遠隔支援ツールを活用して、若手が安全な作業方法を効率的に学ぶ機会を提供し、現場全体の安全性向上に貢献します。
2024年問題が突きつける人材育成の効率化
2024年4月から建設業にも適用された時間外労働の上限規制(2024年問題)は、人材育成にも大きな影響あり。従来のOJT(On-the-Job Training)は、ベテランが若手に付きっきりで教えるため、多くの時間を要しました。しかし、労働時間が厳しく制限される中で、この方法を継続することは困難です。DXを活用した「技能承継DX」は、時間や場所の制約を受けない効率的な学習方法を提供し、限られた時間の中でも若手育成を加速させるための鍵となります。

2. DXが変える若手育成の新しい形「技能承継DX」
「技能承継DX」は、従来の徒弟制度のような属人的な育成方法から脱却し、デジタル技術を駆使してノウハウを体系的に共有・学習する新しいアプローチです。若手は自分のペースで効率的に学び、ベテランは指導の負担を軽減できます。
動画マニュアルによる非同期型学習の導入
動画は、言葉や文字だけでは伝わりにくい熟練技術の動きやコツを、視覚的に分かりやすく伝えることができます。ベテランの作業風景を動画で撮影し、そこに解説やポイントを加えて動画マニュアルを作成することで、若手はいつでもどこでも、自分のペースで技術を学ぶことができます。これは、指導者が現場に不在でも学習を進められる「非同期型学習」を可能にし、若手育成の効率を飛躍的に高めます。
遠隔支援ツールで実現するリアルタイムな指導
遠隔支援ツールは、ベテランが若手にリアルタイムで指導する際に大きな力を発揮します。若手がスマートグラスやウェアラブルカメラを装着して作業をすると、その映像が遠隔地のベテランに共有されます。ベテランは、映像を見ながら音声で的確な指示やアドバイスを送ることができるため、現場に立ち会う必要がなくなります。複数の現場を同時に指導できるようになり、指導の負担を軽減し、移動時間も削減できます。
VR/ARを活用した実践的なシミュレーション教育
VR(仮想現実)やAR(拡張現実)技術は、実践的なシミュレーション教育を可能にします。例えば、VR空間上で危険な高所作業を疑似体験したり、建機の操作を練習したりできます。現場でリスクを冒すことなく、安全な環境でスキルを磨くことができます。また、AR技術を活用すれば、若手が作業中の建機や部材にスマートフォンをかざすと、必要な情報や手順が画面上に表示されるといった、直感的な学習も可能になります。
3. 技能承継DXが現場にもたらす具体的なメリット
技能承継DXの導入は、若手育成の効率化だけでなく、建設現場全体に多岐にわたるメリットをもたらします。
経験や場所の制約を受けない効率的な学習
動画マニュアルや遠隔支援ツールを活用すれば、若手は経験豊富なベテランが身近にいなくても、また遠隔地の現場にいても、質の高い指導を受けることができます。場所や時間の制約を受けることなく、効率的にスキルを習得できます。また、ベテランにとっても、同じことを何度も教える手間が省け、指導の負担が軽減されます。
遠隔指導による現場監督の業務負担軽減
多くの現場監督は、施工管理に加え、若手への指導も兼任しているため、業務負担が大きくなりがちです。しかし、遠隔支援ツールを使えば、ベテラン技術者が遠隔地から若手への指導を担えるため、現場監督は自身の業務に集中できます。現場監督の労働時間が短縮され、2024年問題への対応にも繋がります。
均一な品質の確保と手戻りの削減
動画マニュアルや3次元データを用いた指導は、若手が均一で高品質な施工技術を習得するのに役立ちます。属人化していたノウハウが標準化されるため、作業品質のばらつきが減り、手戻りの発生を削減できます。これは、施工の効率化とコスト削減に直結し、企業の競争力向上に繋がります。

4. 技能承継DXが拓く、建設業界の明るい未来
技能承継DXは、人手不足や高齢化といった課題を解決するだけでなく、建設業界の未来を大きく変える力を持っています。
働き方改革と生産性向上の両立
DXによる若手育成の効率化は、労働時間短縮に貢献し、働き方改革を推進します。ベテランも若手も、より効率的に業務を進められるようになれば、残業が減り、ワークライフバランスが向上します。これは、建設業界全体の生産性向上と、従業員満足度の向上を両立させる重要な手段となります。
若手にも選ばれる魅力的な職場環境
DXを積極的に推進する企業は、若手人材の確保にも大きな影響を与えます。動画マニュアルや遠隔支援ツール、VR/ARといった最新技術を使いこなすスマートな現場は、従来の「きつい、汚い、危険」といった3Kのイメージを刷新し、若者にとって魅力的な職場環境となります。これは、持続的な人材確保と企業の成長に不可欠な要素です。
i-Construction 2.0と連携する未来の人材育成
国土交通省が推進するi-Construction 2.0は、BIM/CIMやICT施工といったデジタル技術を駆使して、建設プロセス全体の効率化と生産性向上を目指しています。技能承継DXは、このi-Construction 2.0の理念と深く連携します。3次元データを活用した技術継承は、デジタル化された現場で働く人材を育成し、i-Construction 2.0が目指す未来を実現するための重要な基盤となります。