建設業界が持続的な成長を実現するためには、経験や勘だけでなく、データに基づいた意思決定が必要だと思いませんか?今回取り上げるのは、データドリブン経営。その基本から、建設業での具体的な分析テーマまでをお伝えします。
データドリブン経営とは何か、そして建設業で求められる変化
「データドリブン経営」は、企業が保有する様々なデータを分析し、結果に基づいて意思決定を行う経営手法です。建設業界でも、このアプローチが従来の経営モデルを大きく変えようとしています。
データドリブン経営の定義と期待効果
定義について。データドリブン経営は経験や勘に頼るだけでなく、数値化されたデータを客観的に分析し、その結果を経営戦略や日々の業務に反映させることです。建設業に導入すると、原価管理の精度向上、工期短縮、品質向上、そして最適な人材配置といった効果が期待できます。
建設業における従来型経営の限界
建設業の多くの企業では、経験豊富な経営者や現場監督の「勘と度胸」に頼る経営が長年続いてきました。過去の実績や類似案件の記憶をもとに、見積もりや工程計画が立てられることが一般的です。しかし、客観的なデータに基づかない意思決定は、機会損失やリスク増大に繋がる可能性があります。
過去データ活用の現状と課題
現場では日々、日報、工程表、写真、図面、資材の納品書など、膨大なデータが生成されています。データの多くは、紙媒体での保管や、各部署で個別に管理されているため、横断的に活用されることは稀です。データがサイロ化している状態では、過去の失敗事例や成功要因を分析することが難しく、経営に活かせる情報として機能していません。まずは、データの収集と整理が大きな課題です。
なぜ「施工データ」が資産になるのか
施工データは、建設業にとって貴重な「資産」となります。各工程にかかった時間、使用した資材の量、天候と作業効率の相関、不具合発生時の対応記録など…。現場で得られるあらゆる情報は、未来のプロジェクトの精度を高めるための知見になります。データを蓄積し、分析することで、より正確な見積もり、効率的な工程計画、そしてリスクの少ない施工が可能になります。
他業界の成功事例から学ぶ応用可能性
製造業では、IoTセンサーから得られる生産ラインの稼働データや品質検査データを分析し、生産効率を最大化しています。小売業では、顧客の購買履歴や行動データを分析し、最適な商品陳列やマーケティング戦略に活かしています。
他業界の成功事例は、建設業がデータドリブン経営を導入する上で、大きなヒントを与えてくれます。

利益率改善につながる分析テーマとKPI設計
データドリブン経営を実践する上で、どのデータを分析し、どのような指標(KPI)を設定するかが重要です。建設業の特性を踏まえ、利益率改善に直結する分析テーマとKPI設計のポイントを見ていきましょう。
原価率・材料費・外注費の時系列分析
利益率を改善する上で最も重要なのが、原価管理です。過去のプロジェクトにおける原価率、材料費、外注費を時系列で分析することで、どのような要因で原価が変動したのかを把握できます。例えば、特定の時期に材料費が高騰していないか、あるいは特定の協力会社との取引で外注費が高くなっていないかなどを分析します。この分析結果は、次期プロジェクトでのコスト削減策の立案に役立ちます。
人件費・稼働率の相関分析
建設業における人件費は、大きなコスト要因の一つです。各プロジェクトにおける人件費と、建機や作業員の稼働率との相関を分析することで、最適な人員配置や建機の運用計画を立てられます。例えば、特定の建機の稼働率が低い原因を探り、利用計画を見直したり、作業員の残業時間と工程の遅延との関係を分析したりします。人件費の効率的な運用は、利益率改善に直結します。
案件別粗利益・利益率比較分析
過去の複数の案件について、粗利益や利益率を比較分析することは、どの案件が収益性が高かったのか、あるいは低かったのかを客観的に把握するために有効です。案件の規模、工種、地域、協力会社などの要素で分類し、比較分析を行うことで、高収益案件の特徴や、低収益案件の共通要因を特定できます。この分析結果は、今後の受注戦略や、リスクマネジメントに活かせます。
受注〜施工〜維持管理フェーズ横断データ活用
建設プロジェクトは、受注から施工、そして維持管理まで、長期にわたるフェーズで構成されます。各フェーズで発生するデータを横断的に活用することで、プロジェクト全体最適化を図れます。例えば、設計変更が施工コストに与える影響、特定の施工方法が維持管理コストに与える影響などを分析します。フェーズ横断的なデータ活用は、全体の利益率改善に貢献します。
先行指標(月次・週次)と事後指標(決算時)
将来の予測に役立つ「先行指標」と、過去の結果を評価する「事後指標」をバランス良く設定することが重要です。先行指標としては、月次・週次の進捗率、資材発注量、人件費予算消化率などがあります。事後指標としては、決算時の利益率やROI(投資対効果)などです。先行指標を細かくモニタリングすることで、問題の兆候を早期に発見し、迅速な対策を講じることが可能になります。
具体的分析手法とツール活用の考え方
ここでは、具体的な分析手法とツールの選定・活用について解説します。
BI/データ可視化ツールの選定と活用ポイント
第一歩は、データを「見える化」することです。BI(ビジネスインテリジェンス)ツールやデータ可視化ツールは、複雑なデータをグラフやダッシュボードで分かりやすく表示してくれます。
ツールの選定では、操作のしやすさ、建設業のデータ形式への対応、既存システムとの連携性、そして費用対効果がポイントです。経営層から現場担当者まで、誰もがデータに基づいた意思決定を行えるようになります。
機械学習・予測モデルによるコスト予測
過去の施工データを機械学習モデルに学習させることで、将来のコストをより正確に予測できます。例えば、案件の規模、工種、立地、天候といった様々な要因をインプットとして、材料費や人件費、工期などを予測するモデルを構築します。この予測モデルは、見積もり精度の向上や、リスクの高い案件の早期特定に役立ちます。AIを活用した予測モデルは、不確実性の高い建設業において、経営の羅針盤となるでしょう。
プロセスマイニングで工程改善を導く
「プロセスマイニング」とは、システムのログデータなどを分析し、実際の業務プロセスを可視化する手法です。建設業においては、工程管理システムや日報データから、各工程の作業時間、手戻りの回数、ボトルネックとなっている作業などを洗い出せます。この分析結果は、非効率な作業プロセスを特定し、工程改善の具体的な施策を導き出すために役立ちます。プロセスマイニングを活用することで、より効率的な工程計画を立案できます。
異常値検知とアラート運用設計
継続的にモニタリングし、過去の平均値や基準値から大きく逸脱する「異常値」を自動で検知する仕組みを構築しましょう。例えば、特定工程の工期が異常に長引いている場合や、資材の消費量が予測を大きく上回っている場合などに、システムが自動でアラートを生成し、関係者に通知します。このアラート運用設計は、問題の早期発見と迅速な対応を可能にし、手戻りやコスト超過のリスクを低減します。
データ統合・ETL・データパイプライン設計
建設業では、様々なシステムでデータが管理されています。これらのバラバラのデータを一箇所に集約し、分析可能な形に変換する「データ統合」が不可欠です。「ETL(Extract, Transform, Load)」とは、データを抽出し(Extract)、加工・変換し(Transform)、データウェアハウスなどに格納する(Load)プロセスです。このETLプロセスを自動化する「データパイプライン」を設計することで、常に最新のデータに基づいた分析が可能になります。

導入ステップと運用定着に向けた実践ノウハウ
一度に全てを変えようとすると失敗に終わる可能性が高まります。段階的なステップを踏み、現場の協力を得ながら運用を定着させていく実践的なノウハウが求められます。
PoC → 本格導入へのロードマップ設計
まずは、特定のプロジェクトや一部の業務に限定してデータドリブン経営を試行する「PoC(Proof of Concept:概念実証)」から始めましょう。特定の工程の原価データ分析だけを先行して行い、その効果を検証します。PoCで得られた知見や成功体験をもとに、本格導入に向けた具体的なロードマップを設計します。段階的な導入は、初期投資のリスクを抑え、現場の抵抗感を和らげるために有効です。
現場起点型のデータ取得ルール整備
現場から、いかに正確なデータを取得できるかにかかっています。データ取得は現場の従業員が行うことが多いため、現場の負担にならないような「現場起点型のデータ取得ルール」を整備しましょう。
電子黒板アプリや施工管理システムを活用し、日報入力と同時にデータが自動で取得される仕組みを構築するなどです。データ入力の簡素化は、正確なデータ収集に繋がります。
関係者巻き込み・リテラシー向上の工夫
経営層から現場担当者まで、全関係者の理解と協力が不可欠です。導入のメリットを丁寧に説明し、データ活用の重要性を共有しましょう。また、BIツールの操作方法やデータ分析の基礎知識に関する研修を実施し、従業員のデジタルリテラシーを向上させる工夫も必要です。全社的な取り組みとして、関係者全員を巻き込む意識が大切です。
分析結果を現場行動につなげる仕組み化
どんなに優れた分析結果が得られても、それが現場の具体的な行動に繋がらなければ意味がありません。分析結果を分かりやすいレポートやダッシュボードで提供し、現場会議で活用するなど、行動変容を促す仕組みを構築しましょう。例えば、「この工程では、A工法よりB工法の方が効率が良い」といった具体的な示唆を現場にフィードバックし、実際の作業に活かしてもらうことが重要です。
継続的改善とデータガバナンス体制構築
データドリブン経営は、一度導入すれば終わりではなく、継続的に改善していくプロセスです。定期的にデータ分析を行い、新たな課題を発見し、改善策を実行に移す「PDCAサイクル」を回し続けましょう。また、データの品質やセキュリティを確保するための「データガバナンス体制」を構築することも不可欠です。データの定義、取得方法、管理責任などを明確に定めることで、信頼性の高いデータ活用が可能になります。
まとめ:データドリブン経営で、建設業の未来を利益率向上から
建設業界が直面する多様な課題に対し、データドリブン経営は、経験や勘に頼りがちな従来の経営手法を刷新する強力なアプローチです。現場で蓄積される膨大な施工データを「資産」と捉え、これを最大限に活用することが、持続的な利益率改善への鍵となります。始めることで、これまで見えなかった課題や改善の機会が明確になるかもしれません。













